#90 Crazyhorse (1971)





#90 Crazyhorse (1971)

 ベル・エアクラフトのエンジンを胴体中央に配置する戦闘機、P-39エアラコブラとその改良型のP-63キングコブラの系列は長いリノ・エアレースの歴史の中でも数が少なくて、P-39が2機、P-63が3機居るだけで、その全部が'70年代にのみ活躍していたというマイナーな機種です。 #90 "Crazyhorse" はその中の1機で P-63C の改造機。
 そのレース歴は古く、二次大戦戦の終結から間もない1946年ナショナルエアレース・ベンディックス杯出場、赤い天馬のデザインを纏った #30 "Flying Red Horse" に遡ります。

 49年のトンプソン杯で起こった事故と朝鮮戦勝勃発の影響で米国でのエアレースが休止期間に入って以来、長い間ずっと保管さたままだったこの機体を入手したのはグラマンF8Fベアキャット改造機 #1 "Conquest-One"でレシプロ機の世界速度記録を更新し、リノでの5年連続優勝を遂げ最速の名を欲しいままにしていたダリル・グリーネマイヤーでした。 1969年当時、グリーネマイヤーは #1 を引退させ、新たな機体でレースを戦う事を計画していたのでした。

 P-63の改造はロサンゼルスの南、ロングビーチ空港に隣接した Pylon-Air, Inc. で進められました。 ここは #87 "Signal Sea Fury"や、当時大陸横断レースで常勝を誇っていた E.D.ウェイナーのP-51などの改造を手掛けている名ファクトリーでした。
 世界最速レーサーの後継を狙う改造内容は徹底していて、切り詰められていた翼には下面側を凹面とした「ホーナー翼端」を適用、ベル戦闘機の特徴であるドア付きのコックピットセクションは整形され、キャノピーも超小型水滴形状のものへ置き換えられました。 コックピット後方の胴体背部に突き出ていた過給機用空気取り入れ口も撤去整形されて取入口は前縁付け根へと移されました。発動機回りは数々のレース機のエンジンを手掛けて名エンジンビルダーとして名高いデイブ・ツオイシェルに託され、機首の機関砲庫には沸騰冷却式のオイルクーラーが搭載されて突出部の極めて少ない機体プロファイルが実現しています。

 しかしグリーネマイヤーは当時新規に企画されていた耐久パイロンエアレースの副プロモーターを務めていて、その宣伝の為にも是非ともリノ'70へ出場し華々しい勝利を飾って注目を浴びる事を考えていました。 ですが改造中のP-63レーサーの進捗状況がリノ'70に間に合いそうにない事を悟ると一度は引退を決めていた #1 のベアキャットをリノへカムバックさせることを決意、改造中のP-63はラリー・ヘブンズへと売却されることになりました。
 オーナーが変わっても作業が滞ることはなく、仕上がったヘブンズのP-63レーサーには新しい登録番号N9009とレースナンバー90が与えられました。 機体の愛称の "Crazyhorse" はスポンサーとなったカルフォルニア-アリゾナ州境のレイク・ハバス湖畔にある Crazy Horse Campgrounds というキャンプリゾートに因んでいて、無塗装銀色の機体に描かれたピンクの水玉模様の馬はこのキャンプ場のトレードマーク。 これはパリにある同名の有名なナイトクラブで、踊り子のお姉さんの躰に模様を投影するショーを上演している事が由来です。 最初は赤い天馬だった機体が大改造の末にピンクの水玉模様を付けて気狂い馬に化けるというのも運命の悪戯ですな。

 #90のデビューは1971年7月、カルフォルニア州サンディエゴで行われたユナイテッドカップレース。これは前年モハービで行われたカルフォルニア1000に続く1000マイルの耐久パイロンレースで、かつてない高度な改造を施されたP-63レーサーの出現は注目を浴びました。 しかし#90は予選アタック中にエンジンブローを起こしてしまいました。 ヘブンズは辛くも緊急着陸に成功したものの機体後部は黒々としたオイルでべっとり覆われ、彼はリタイヤを余儀なくされました。
 2ヶ月後の9月、#90はリノ・エアレースに現れました。予選で計測された速度は351.4mph、これはエントリー17機中11位の成績でトップクラスが400mphを優に越える計時なのに比べるとまだ物足りない結果でした。 ヒートレースでも決勝のゴールドレースに駒を進められなかった#90はシルバーレースに出場して4位でシーズンを終えました。
 翌年9月7日、ヘブンズは目前に迫ったリノ'72のレースに備えてロングビーチ近くの太平洋上でテスト飛行をしていました。 そのとき機の心臓であるアリソン V1710-135 エンジンの吸気系で大きなバックファイヤが発生、その影響で操縦系統が損傷を受けてしまいヘブンズはコントロールを失った機からベイルアウト、その後無事に付近の船に助けられましたが、#90は太平洋に沈んでしまいました。

 #90は空力的洗練と首輪式ならではの運用上の利点など、レーサーとしてのその潜在能力を強く感じさせる機体で、またヘブンズはエンジンをアリソンからRRマーリンに換装する計画を進めていて、1972年当時既にマーリンを入手していただなんて話もありました。 高度な改造の結果異様だとか不気味とも取れる迫力ある外観と相まって、もっとレースを長く戦っていたらどうなっていただろうかと考えさせずにいられない機体のひとつです。






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