ロッキードのテストパイロットであったダリル・グリーネマイヤーがグラマンF8F-2を元に改造を加えた機体です。 リノでエアレースが初めて開催された1964年の決勝に1位でゴールしたのですが改造で極端に視界が悪化していたためグリーネマイヤーは近くの広いリノ空港で離着陸を行っていたので失格扱いになっています。
しかし翌RENO'65から'69までの5年連続、そして'71にも優勝の通算6勝。'69にはレシプロ機による直線3km路の速度公認記録へも挑戦し、1939年にメッサーシュミットMe109RことMe209V1が打ち立てた755.138km/hの記録を30年振りに塗り替える776.449km/hを記録するなど、初期のリノを語る上で欠かせない機体です。 その功績を認められ現在はスミソニアン博物館の所蔵となっています。
またこの機は初登場時から何度も機名とその塗装を変化させており、最初の無塗装銀"Greenamyer's Beacat"、この絵の白地青矢印"Smirnoff"、後期には"Conquest-One"として全面白、後に無塗装、最後期にはクリームイエロー地の機首に白頭鷲を描いていて、その変遷も興味深い所です
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