1970年代からストック状態のP-51D #19"Lou IV"でリノに参戦していたジョン・ディリーが、RENO'85から#19のレースパイロットを務めていたトム・ケリーと共に3年掛かりの大改造を経てRENO'88に持ち込んだのがこの機体、"Vendetta"。 #19のレースナンバーは流用されています。
この機はオリジナルの主尾翼をリアジェット23ビジネス機の後退翼に付け替え、更に機首下の過給機空気取入口を整形し機首上面に平滑形のNACAダクトを開け、小型のキャノピを付けています。脚も他機種の部品からの寄せ集めで、その収納部は専用設計。 P-51R "Learstang"とも称される本機は徹底的に磨き上げられ、大改造機であることを感じさせないまとまりの良い美しい姿で530mph≒852km/hの最高速度が期待されていました。
しかしRENO'88での"Vendetta"はディリーの操縦で予選中にエンジンが壊れて無記録に終わってしまいました。数週間後に修復されて進空するも再びエンジントラブルが発生、それに起因する胴体着陸で機体は大きく破損。 資金難からレーサー仕様に戻される事はなく数年後にストックの複座型、TF-51D仕様へ再改造されました
成績を残せないまま姿を消した#19でしたが、その設計思想と残された主尾翼を受け継ぎ、更にエンジンをRRグリフォンに載せ替えたのがRENO'97に現れた #38"Miss Ashley II" でした。 この機体もP-51Rの非公式な形式名称と"Learstang"の渾名を受け継いでいました。
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