この水上機は1925年、米国メリーランド州ボルティモアで開催された国際水上機レース、シュナイダー・トロフィーで米陸軍のジミー・ドーリットル (James "Jimmy" Harold Doolittle) 中尉の操縦により優勝した機体。
1920年代前半、一次大戦が終わり欧州では中断されていた水上機で戦う国際エアレースのシュナイダー・トロフィーが再開され、米国では陸上機で行われるピューリッツァー・トロフィーが始まり大きな人気を集めていました。 中でもカーチス・エアクラフトと米海軍の開発したレース専用機CR (陸軍呼称R-6) とその改良型R2C (同R-8) は21年から23年のピューリッツァーの上位を席巻し、同年英国ハンプシャー沖ワイト島にあるカウズで開催されたシュナイダー・トロフィーもCRの水上機型CR-3が1着2着を占める活躍を見せていました。
今回紹介するR3Cはその改良型で木製モノコックの胴体と複葉の主翼に表面型ラジエターを備え、強化された自社製V型12気筒のV-1400エンジンは565hpを発揮しました。 R3Cは海軍向けに2機(シリアルA6978,A6979) と陸軍向けに1機 (シリアルA7054) が製造され、1925年のピューリッツァー・トロフィーでは陸上機仕様のR3C-1としてレースナンバー43を付けたA7054が陸軍のサイラス・ベティス (Cyrus K. Bettis) 中尉の操縦により478.975mphで優勝、レースナンバー40を付けたA6979も海軍のアルフォード・ウィリアムス (Alford J. Williams) 中尉の操縦で241.695mphで2位に着けました。
同年メリーランド州ボルティモアで開催されたシュナイダー・トロフィーで、各機は水上機仕様のR3C-2へと改装され海軍からA6978が#1を着けラルフ・A・オフスティ (Ralph A. Ofstie) 大尉の、A6979が#2としてジョージ・カディヒー (George T. Cuddihy) 大尉の操縦でエントリーしましたが両者ともレース完走を目前にした終盤エンジントラブルによりリタイヤをしています。 陸軍から参加した#3を着けたA7054はドーリットルの操縦で1周50マイルを7周する350マイルのコースを56分6秒で飛び2位と9分以上差を付けた232.573mphで勝利しました。 ドーリットルの飛行は同型機を飛ばす海軍の飛行士と比較しても一周の計時が20秒以上も速いラップを刻んでおり高い操縦技術が窺えます。
またレースの翌日ドーリットルは水上機の速度記録にも挑戦し直線3km路のコースを395.437km/hで飛んで当時の水上機記録を更新しています。
因みに前年の1924年大会は出場者の伊英仏とも軒並み出場機の開発に失敗或いは大会までに間に合わない状態で、主催の米国は開催を1年延期する決定をしていました。 その時点で米国は新鋭機R2Cの準備を盤石に進めていたので米国単独でレースを開催しても規定には触れず、24年大会を開催して米国の勝利としておけば23,24,25年の3連続優勝で大会規定の『5年間で3勝した国はトロフィーの永久保持権を得る』の条件を満たしシュナイダートロフィーはそこで終了していた筈です。
シュナイダー・トロフィー1926年大会はバージニア州ハンプトン・ローズで開催されました。 前年の大会で優勝した陸軍は勝負から降りA7054も海軍へと移管され海軍によるR3Cの三機体制が敷かれました。 A6978はパッカード製V形12気筒700馬力の2A-1500エンジンへと換装され、R3C-3として#2のレースナンバー与えられてウイリアム・トムリンソン (William G. Tomlinson) 大尉の操縦による耐候性テスト中着水に失敗して大破してしまいました。 A6979も736馬力に強化された自社カーチス製V1550エンジンに積み換えて#4を着けたR3C-4としてカディヒー大尉の操縦でレースに挑みましたが、ゴール手前の7周目で燃料ポンプの不具合から着水を余儀なくされました。 陸軍から海軍に移されたA7054はR3C-2仕様のまま#6として海兵隊のクリスチャン・シュルト (Christian F. Schilt) 中尉の操縦により231.364mphで飛行して2位に着けました。 このとき優勝したのはイタリアのマリオ・ベルナルディ (Mario de Bernardi) が操縦し246.466mphで飛行したマッキM.39でした。 かくして米国はタイトル防衛に失敗しその後のシュナイダー・トロフィーからは撤退してしまいました。
このR3C-2ですが、航空史に数多の偉業を刻んだドーリットルが国際レースのシュナイダー・トロフィーで米国に勝利をもたらしたとしてスミソニアン博物館に収蔵されていて、ついでに人気アニメ映画で本機をモデルとした機体が活躍する位の有名機なんですが、固有の機体の呼称がその時の仕様で何度も変わるのが紛らわしく、写真に添えられる解説文の辻褄が合わないことも多いので困ったものです。
ともあれ元々海軍が注力していたシュナイダー・トロフィーへ尾翼にARMYと書いた陸軍の水上機が出張ってきてレースをするという絵面だけでも面白いのに、それがまんまと優勝をかっ攫ってしまったのだから海軍関係者からしたらたまったものではなかったでしょうな。
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